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平成16年度鳳鳴振興会 文化講演会

平成16年10月13日(水)、大館市民文化会館大ホールで鳳鳴高等学校振興会主催による文化講演会が開かれ、鳳鳴4期で弁護士の福島等さんが『世界の中心で「鳳鳴」を叫ぶ』と題して講演をされました。以下、レジュメを参考に要旨をまとめました。

1. プロ野球ストをめぐって-法律とは何か

最近のプロ野球ストは、改めて労働組合の意義を考えさせてくれた。経営者は信義誠実の原則に欠けていると裁判で指摘された。今後、大切なことは経営者、選手会双方ともに公益に私益を従わせていくことだ。(※)

2. 鳳鳴の精神について

1)鳳凰山の由来

現在70才だが、山登りをしており、最近も南アルプスに登った。南アルプスには鳳凰三山があり、源頼朝の奥州平定と甲斐源氏の比内地方領有の歴史があり、大館の鳳凰山がそれに由来していることは史料などからも間違いなさそうである。鎌倉時代は地頭に地名を付ける権利があり、鎌倉時代の地名が多い。鎌倉時代は年貢制度ができたが、年貢は一定だったため納めた以外は自分のものとなり、生産量が伸びた。「一生懸命」ではなく「一所懸命」が正しく、その当時の制度に由来している。わが鳳凰山の名は中世の始まりを告げるもので、一所懸命の時代が到来した。 2)鳳凰とは何か

鳳凰は古代中国の空想の瑞鳥であるが、古代の人々の空想力はすごい。夢とか空想は人間にとって大事な構想力である。鳳凰の名に由来する(詩経)「鳳鳴」という”シンボル”には3つの理念がある。一つは名君が出現するということ。二つ目に、能力と権力のある国の使者が出現すること。つまり社会の指導者。指導者は道徳的正しくなければならない。三つ目は鳳凰が来ると木が繁ると言われていることから、世の中が繁栄すること。皆が潤い人に喜ばれるから瑞鳥である。鳳鳴(鳳凰)はシンボルであり、人によって捉え方はいくらでも膨らむ。

3)鳳鳴の精神から出発する

無理だと思われていたことでも、空想があったから飛行機ができた。技術の積み重ねだけではだめ。ビジョンがないと発明はない。優れた夢、構想力を持つことが大事である。「鳳鳴」というビジョンを我々は掲げた。高い目標を掲げ、実現するんだというのが肝要である。

小説『世界の中心で愛を叫ぶ』の中で、「見えるものが総べてだと思うと人生は味気ないものだ。」とある。人間は心の中に、精神の中に住んでいるともいえる。人は精神によって本当の自分の世界をつくっていく。「世界」の中心で愛を叫ぶということは必然であり、それは純愛である。人間は社会的存在であり、そうでなければ生きられない。それは最初から人類の宿題であった。

鳳鳴の校歌は古代からの思想、「鳳鳴」の思想であり、啓蒙の思想である。孔子の思想は「啓蒙」であり、孔子の理想は「鳳鳴」である。オリンピックも「啓蒙」の思想がある。古代ギリシャ神話にも「啓蒙」の思想が登場する。オデュッセウスは剛健であった。「剛健」とは心がしっかりしていることがであり、体力があるとか、バンカラであるということではない。「啓蒙」の精神がなければ、世の中で自分の人生を切り開いていけない。

「鳳鳴」の理想や目標達成はあまりにも遠大で無理。しかしイチローは大きすぎる目標を達成するための手法を示した。小さいことの積み重ねである。最近は「結果」を求めるが、自分が子どもの頃は結果よりも努力の継続が重要視された。

鳳鳴高校の校歌のスケール大きい。しかし(土の塊を積み、山を為すという)結果は出せない内容の歌である。校歌は限りない向上の精神を謳っている。また森吉山と鳳凰山は峰続きではないが、遠大なスケールをイメージさせるものである。つまり我々の心の風景を示している。この風景こそが鳳鳴生の誇りであり、心の中心、自分の魂である。これが(自分の)世界の中で「鳳鳴」を叫ぶということである。

3. 学校の思い出

毎日阿仁の家を5時過ぎに出発した。途中墓とか焼き場があり、冬場など暗いときは恐かった。死はとてつもなく恐く悲惨なものだと思っていた。当時阿仁鉱山や山で事故で亡くなる人がよくあり、遺族の泣く姿を見て特にそう感じていた。

大館まで列車で2時間。大館駅から学校まで砂利道だったので、長持ちするように足駄で歩いた。結果毎日12km歩いた。勉強はあまり出来なかった。体は弱かったが歩いたおかげか、今でも登山を楽しめる。しかし病気で1年休学した。だから二つの学年に友人がいる。

大館中学は別世界だった。それまでは知っている人間関係、社会の中で生きてきたが、始めて知らない人だけの中に入った。4年生は恐いおっさんだと思った。毎日応援歌練習がった。知っている人がいなく、自分の小ささを感じた。しかし学校では皆が対等だった。小坂鉱山の所長は天皇と呼ばれていたが、その息子も同列に扱われていた。大館中学に入学したことを感謝している。

4. 弁護士の青春時代~画期的判例を獲ち取る

白鳥事件-六法全書に載っている事件。1952年札幌の警察官が射殺されたが、犯人は結局分からず、打ったピストルも見つからなかった。最終的には射殺を指示したと言われる人間と弾が証拠として出された。近くの射撃練習場にあった弾と同じということであったが、2年前の弾なのに錆びていなかった。

当時は土の中で金属がどう変化するかのデータがなかった。東大や東北大などの学者の協力で科学的データを提出した。まだ新米の頃であった。1審では殺害を指示したと言われた者に無期懲役の判決。高裁では求刑が幾分下がった。

弁護士の仕事は、事件の解明や事件を世間に知ってもらうこともする。裁判所は完全に公平とは言えなく、世間や世論を気にするところがある。最高裁に弁論を開くよう仕向けた。さまざまな会で事件の状況を訴えた。弁論は最高裁はあまり開かれないが、世論に押され開かれた。しかし実際の弾ではないということで上告は棄却された。

万策尽きたと思った頃、世界中から金属の腐食に関するのデータが届いた。中国からは詳細を教えるように連絡があり、実際に弾を札幌の気候風土に近い吉林省で実験をしてくれた。(日本では弾を持つことは法に反する)

国交前回復前、香港から鉄橋を渡って中国に入国。実験の行われた場所は朝鮮族自治区であり、彼らは自分の生活を投げ打って終日交代で実験場を守ってくれた。これも「鳳鳴」の精神か。結局土の中では弾錆びるどころか割れるということが実証された。そして札幌の現場でも再度2年数カ月実地試験し証明できた。

そして再審請求。最高裁は却下したが、あらたな法解釈が加えられた。「疑わしいときは被告人の利益に」という刑事裁判の原則である。これを白鳥検定という。事件から23年、弁護士になって16年経っていた。

5. 70歳弁護士が考えていること

世の中の流れは予測できないが、一所懸命やれば何とかなる。当時花形産業と言われた会社も今は大変だ。ソニーなんて知らなかった。「寄らば大樹の影」はもう通用しない。20年後、30年後は予想できないから、自分の好きなこと、自分の得意なことをやればいい。自分が納得できることをやるのが一番。

70歳になり、smartやcleverではないが、wiseではないかと思う。70歳が一番分別のある時期ではないか。まだしばらく弁護士を続けようと思っている。「鳳鳴」は3000年、4,000年続いたのだから、これから3000年、4,000年続く。(終)

※お詫び 最初の掲載時、「プロ野球スト」の記載で、福島さんの発言とは逆の解釈に読み間違える記述があり、福島さんご本人からの指摘を受け訂正いたしました。ご迷惑をお掛けしました関係各位にお詫び申し上げます。

文責:(小)